青木の出京その121
作品:青木の出京
作者:菊池寛
六年憎み続けてきた青木、今ではもう、彼の天分を尊敬したことさえ一つの迷妄だと自分では思っている雄吉にとって、青木はなおある不思議な魅力と威圧とを持っていた。久し振りに顔を見合わした当座こそ、恥かしさに面を挙げ得なかったほどの青木が、紅茶を一杯すすっているうちに、いつの間にか、雄吉の上手に出ているのを感じた。雄吉は、そのことがかなり不快であった。青木が全然失敗の男であり、しかも雄吉に対しては、とても償いきれぬような不義理を重ねていながら、いったん顔を見合わしていると、彼の人格的威圧が、昔のように厳として存在しているのが、雄吉は堪らなかった。雄吉は、どうかしてこの不快から逃れようと思った。が、青木と会ってから三十分にもならないのだから、体《てい》よく別れを告げるわけにもいかなかった。
底本:「菊池寛 短篇と戯曲」文芸春秋
1988(昭和63)年3月25日第1刷発行
入力:真先芳秋
校正:林めぐみ
1999年1月6日公開
2005年10月17日修正
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