青木の出京その43
作品:青木の出京
作者:菊池寛
雄吉の青木に対する尊敬は、少しも変らなかったが、近藤家に来てから、青木の生活は、妙にぐれ出していた。彼はむろん、実家が破産したということから、ずいぶん大きい打撃を受けていた上に、日常の生活においては、かなり享楽者《エピキュリアン》であった青木は、なんといっても不自由な寄食的生活と、月々給与せられる五円という小額な小遣いとのために、その生活をかなり虐げられているらしかった。彼は、見る見るうちに蔵書――高等学校生としては極度に豊富な蔵書を、売り払ってしまった。彼には、他人の家に宿食してからも、その享楽的な生活を更改することが苦痛らしく見えた。彼は蔵書を売り払った金で、やっぱり本郷あたりのカフェで、香りと味の強烈な洋酒の杯を享楽していた。そのうちに、青木の身辺から、消滅するものはその蔵書ばかりではなくなった。いつの間にか、彼の懐中時計は彼の机上から、影を隠していた。
底本:「菊池寛 短篇と戯曲」文芸春秋
1988(昭和63)年3月25日第1刷発行
入力:真先芳秋
校正:林めぐみ
1999年1月6日公開
2005年10月17日修正
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