青木の出京その61
作品:青木の出京
作者:菊池寛
雄吉は、ただ茫然として、すべての考察を奪われた人間のごとく、主人と自分との間にある畳の縁を、ぼんやりと見つめているばかりであった。彼のこれほどまでに尊敬している青木が、主人の手文庫から小切手を盗み出したということが、彼には夢にも予想し得ないことだった。また盗んだものを、白昼公然と、自分に命じて、引き出しにやった青木の大胆さは、ほとんど常識を備えた者としては考えられないことだった。しかし雄吉は主人の前に蹲《うずくま》りながら、この事件から身を脱するのは、なんでもないことだと思った。
底本:「菊池寛 短篇と戯曲」文芸春秋
1988(昭和63)年3月25日第1刷発行
入力:真先芳秋
校正:林めぐみ
1999年1月6日公開
2005年10月17日修正
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